夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
(……ああ、解決したんだ)

 詳細こそ伏せられているものの、内容は産業スパイについてだった。
 被害に遭ったこと、相手方の会社を厳しく追及していること――。
 それを、進さんと春臣さんの二人が記者会見という形でコメントしている。
 とは言っても、報道陣の興味は事件より春臣さんにあるようだった。
 こういった公の場に顔を出すのは基本的に進さんばかりで、春臣さんは社長でありながら裏方にいたがった。それを知ったのは秘書になってからだったけれど。
 そんな春臣さんがついに顔を見せたということで、チャンスとばかりにどうでもいい質問をしている。
 相変わらず淡々と答えるのを見て少し笑ってしまった。

(……変わらないですね)

 テレビの中にいる、私の好きな人。
 つい先日まで夫だった人。
 私はあの人が意外に優しい顔で笑うのを知っている。
 温かい手で触れてくることを知っている。
 泣きたくなるくらい甘い声で、名前を呼んでくれることを知っている。

(迷惑をかけてごめんなさい)

 他人と話すのは苦手だと言っていた。
 線を引くようにしていた、と。
 苦手だから、そこの部分は進さんが担当する。でもこんな事態になれば社長が出ざるを得ない。

(……もう、ありがとうもごめんなさいも伝えられない)

 ――好きだ、という気持ちも。
 春臣さんは有名企業の社長で、私は今無職。
 御曹司としがない小料理屋の娘が出会う場もないだろう。
 これからはこうしてニュースで存在を確認することになる。

(……っ)

 今別れられてよかったなんて、嘘だった。
 ――今も、一年先も、側にいたかった。

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