夜を迎え撃て
二日目
「はっ? 盲腸?」
背中のひん曲がったよぼよぼの老人医師が俺の担当医師であることを知るのに、そう時間はかからなかった。
調子はどうだい、と聞かれてから、現在の状況に至るまで。そのほとんどを把握していたというのもその一つだが、それ以前に彼はまずなんの前置きもなしに精密検査の結果を報告し出したからだ。
そして俺は別の意味で冒頭の喫驚に転ぶ。
自分の自己紹介もなしに、誘《いざな》われるまま訪れた診察室で告げる老人医師が言うには、こうだ。
「んん。きみ頭打ってるからねぇ、やったでしょ精密検査。それで幸い、結果、脳や臓器に異常なし、左足の骨折だけってことがわかったんだけどぉ。
腹部のX線写真で、そう、これね。写真じゃわかりにくいんだけどなっちゃってるのよ、軽度の虫垂炎。要するに盲腸」
「やっ…いやいやいや。でも俺別に体何ともないし」
「軽度だからねぇ。なんならこのタイミングで精密検査しといてよかったよ。ほっといたら痛い痛いになってたよ」
「はぁ…ま、自覚症状ないし。軽度なんだったら別に様子見とかで大丈夫なんすよね」
「や、手術案件」
「はぁ!?」
「早期発見が叶っただけでまだ軽度だけど、この炎症の感じはよろしくないねぇ。なるべく早めに手術して取り除いちゃったが早い。痛いの嫌でしょ。サクッと終わらせよ、サクッと」
「サクッとって…」
「良かったじゃない、偶然にも骨折でどっちみち入院してたわけだしさ。+大目に見て4日ってところかな。期間がちょっと延びるだけだと思って。
人生でそうそう経験出来ない入院生活。せめてちょっとばかりエンジョイしてちょうだいな」
☾
「ふざっけんなよあの耄碌《もうろく》じじい!」
話が終わってから自分の部屋に戻るまでの道のりで、目に付いた自販機横のゴミ箱を蹴っ飛ばす。
スリッパでそんなことをしたもんだからあたりが悪く、ゴミ箱はがひょんと中途半端な音をあげた。