夜を迎え撃て
「…はー、俺、だっさ。帰ろ帰ろ」
乱雑に横髪を掻いて、来た道を戻る。松葉杖で床を蹴り、一歩、また一歩と復路に準じながら、腑に落ちない点を反芻する。
───…なんでだろう。
さっき、気のせいだろうか。彼女と目があったとき。一瞬喫驚したような顔が、怒ったようにムッとして。
それから、
「…え、どうしたの」
ふと物思いに耽りながら曲がり角を曲がった時だ。
視界のはたに、ひとりの小柄な少女が座り込んでいた。エレベーターに乗り込む手前の小さな角で、うっかりすれば見落としてしまいそうな場所に、辺りを見回す。…かくれんぼ、って訳でもないんだろうな。ここは、小児病棟からだいぶ外れにあたるし、何より子どもの影もない。
骨折してるだけに屈むのも一苦労で、何とかして壁に手をついて前のめりになる。
「なぁ、」
そこで、伸びてきた手がきゅっと、頼りなく俺の服の裾を掴んだ。
「…たす、けて、おに、」
「───え? っおい!」
かすれた声がそう言ったのを最後に、彼女はそのまま廊下に倒れこんだ。よく見れば身体中汗でびっしょり濡れているし、顔は真っ赤だ。
「ちょっ、誰か!」
松葉杖を落として床に倒れこむ。少女は5、6歳といったところだろうか。じっとりと汗で濡れた体を抱き起こして、事態の重篤さに気付いた。熱い。尋常でない熱さだ。早く、と立ち上がろうとするのに左足のギブスが邪魔をして舌打ちをする。くそ、動けよ足!
「女の子が倒れてる、誰か医者を、」
「ルナ!!」
ばたばたと廊下を駆ける音に驚いている間に、曲がり角から少年と、それから、“長”が現れた。
意表をつかれて仰天している間に彼女は俺からルナ、と呼ばれた少女を受け取り、少年に呼びかける。