夜を迎え撃て
殴る蹴るの暴行受けるわ、目にはシャボン玉液入れられるわ、挙句腕に噛み付かれるわ。本当に散々だ。
それでも俺に一矢報いたことで本人的に少し気が晴れたのか、和解の印にジュース買ってくるからそこから動くな、という言いつけを律儀に守りセナはそこから動かなかった。
ジュースを買いに行く道中、水道で目を(というかもう腹立ったので落ち着くために頭を)洗い腕も晒したことで水浸しになった俺は、タオルを首に引っ提げてセナの隣にどかりと座る。
ぷるぷる、と顔を振ったら髪から水が飛んだのか隣で煙たそうにされて、睨んだら腕がじんと痛んだ。こいつめ。
「…まぁいいや、俺も疲れた。休戦と行こうぜ」
「きゅうせん?」
「もう何もしねーよってこと。お前もな」
今にも隙をついてグーパンを繰り出してきそうなセナの拳を指摘して、降参の合図を取るとジト目で睨まれる。今日なんかみんなにジト目向けられるのなんでなんだ。俺そんな悪いことしたか。
「…大人の言うことは信用できない」
「なぁ、それ。なんでそんな大人を毛嫌いすんだよ。何か悪い思い出でもあんのか」
覗き込むように問うたのに、オレンジジュースのパックを両手で持ち、ストローを咥えるセナは暗がりを見据えていた。その大きな瞳に映る暗がりがどこか途方も無い闇のようで、一瞬、身構える。
「……おとなはおっかない。…こわい。話をきいてくれない。気分によってかわる。いたい。たぶんすきじゃないんだと思う。おれはへいきだよ。でもルナが泣くんだ、それがすごくかなしい」
悲痛で、痛切で。最後の方は消え入ってしまってもうほとんど聞き取れなかった。大きな瞳にまた大粒の涙が膨らんだと思うと、ぽた、と地面のタイルに落ちて灰色のシミになる。
…なんのことを言ってるのかそれでもよくわからなかった。優しくない大人にぞんざいに扱われたのかもしれない。まだ5歳か6歳だ。こんな小さな子どもが震えて、泣きじゃくって、怯えて、闇を見据える理由ってなんだ。
それを奮い立たせたのは誰だ。
「…ミオにげんこつされるのは、すごくいたい。ミオはそんなことしないって思ってた。なのにした。ミオにうらぎられた。それがおれはつらかった」