夜を迎え撃て
「ご無事でなによりです」
「いや、見ろこの腕を! 歯型! 痣! 噛み付かれた!」
「勝利の勲章ですね」
これ見よがしに腕を掲げて言ったのに、拓真には軽く笑ってあしらわれた。そんじょそこらの犬を躾けるよりよっぽど骨が折れたってのにこれで報酬の一つも無いんだもんな、とボヤくと拓真が首を横に振る。
「さすがですよ、称賛に値します。あの頑固な双子の兄を改心させたんですから」
「ミオ」
拓真が見守る方を目で追うと、小児病棟の多目的スペースで他の児童らとままごとで遊んでいたミオに声をかけるセナの姿があった。
無表情で振り向くミオに、仏頂面のセナは少しその場でもたついてから、遠慮がちに頭を下げる。
「…ごめんなさい」
「…」
「恭平のこと、なぐって。はんせいしてる。なので、仲直りしたい、」
「…あたしは死んだほうがマシ?」
「! そんなこと思ってない!」
「うん、知ってる」
ミオがふわ、と破顔する。春に、花が開くように。
「───…おいでセナ。一緒に遊ぼう」
その一言で顔を上げた瞬間、ぱあっと笑顔になったセナがミオたちの元に飛び込む。思わず親のごとく破顔していると、視線を感じて下を向く。
目が合えば、車椅子から俺を見上げていた拓真が、にこりと笑った。
「…そういやミオはセナのこと探しに回らなかったな、なんでだろ」
「セナなら自分の過ちを思い返して謝る力があることを、彼女は知っていたからです。疑う余地もなく。そして信用していた。あなたを」
「会って一日の俺をか。おたくらのリーダーちょっと他人を過信しすぎだと思うけど」
吐き捨てるように言ってみても、拓真からそれ以上の言葉が返ってくることはなかった。代わりに、降り始めの雨がコンクリートに浮かべる波紋のように気がかりが染み渡る。
「セナが俺のこと殴ってミオが庇ったときさぁ」
「…」
「“かばい立てするってんならミオだってあいつらと一緒だ”って言ってた。…【あいつら】って?」