夜を迎え撃て
「…ごめん、なんて言っていいんだか…話についていけなくて言葉にならん」
「いいと思いますよ、恭平さんはそれで」
拓真は微笑む。
「でも僕にとっては。
忘れたくない、とても大切なことなんですよ」
ちんぷんかんぷんとは、まさにこのこと。
その横顔を追いつかない頭でしばらく眺めていたら、思い出したようにぱっ、と拓真が振り向いた。
「あ、あとそれ借り物なんで用が済んだら持ち主に返しておいてもらってもいいですか?」
「え、いいけど。持ち主って?」
そこでびゅう、と病室の窓を、強い風が叩いた。ガタガタ、と揺れる窓に一瞬気を取られつつ、拓真に焦点を戻す。
「…意外な相手だな。わかった、返しとく」
「よろしくお願いします」
「拓真くん、診察の時間ですよー」
ぺこ、と拓真が律儀に頭を下げたところで、ワゴンを押した看護師が入室してきた。回診なのだろうか、続いて白衣を纏った男性の医師が病室に入ってきて一瞬俺を怪訝そうに眺めるので、その視線から逃げるようにサッと病室を出る。
そりゃそうだ。小児でもない18の男子高校生が平然とこんなとこいたら場違いだろうし。そして。追い討ちで出禁なんて食らう前に去ろう、と松葉杖を握り直して多目的ホールに差し掛かったそのときだ。
「ア、」
「!?」
目の前に女の子が飛び出してきた。
飛び出してきた、否、正しくは通りすがったの間違いだが。あと0.1秒でも俺の反応が遅れていたら間違いなくそのまま突き飛ばしていたところだ。俺の背丈の半分ほどしかない小柄で、黒髪ショートの女の子はなんとか衝突の危機を逃れて青ざめている俺をじっと、不思議そうに眺めている。
その顔はなんというか…無表情、で。
怒ったのか、と苦笑いして見せると、特に動じることなく、手を伸ばして近寄ってきた。とっさに後ずさろうとするも松葉杖でそれが叶わない俺は、いとも容易く彼女に捕まる。
「うっ、?!」
「えほん」
「え!?」
「えほんよんで」
あ、あーっと。絵本。絵本ですか。
広辞苑ばりに重たい医学者を小脇に抱えているこれが目に入らないのかなきみは? とか、いやそういう分別がつかないお年頃か? とか。
頭ごなしに拒否するのもどうかと思うし、どう断ろうと考えているうちに、その子は多目的ホールの階段を一段、また一段と降りていた。え、ちょ、待って。まだ俺読むって言ってないんですが。
渋々追いかけて階段を降りると、彼女はホールの奥にある本棚まで辿り着いた。いくつかある本棚の真ん中に立ち、どれがいいのか物色しているのだろう。きょろ、と辺りを見回して、目ぼしいものを手で掴んで数冊取った。まず初めに取ったものを手でなぞり、すん、とその香りを嗅ぐ。
…わかる、わかるけど。小中学ん頃とか真新しい教科書の匂いとか無意味に嗅いだりしたけど。それって割と万人共通なのな。