夜を迎え撃て
俺は男だからどちらかと言うとこの子くらいの年の頃、プラレールやレゴなんかにばっかり手をつけていて、絵を描いたりままごとで遊んだりなんていう、典型的女子の遊びに明け暮れていた妹の方が絵本を母親にせびっていたものだ。寝る前に聞かされたくらいしか、だから鮮明には覚えてない。
それでも、不思議だとは思った。だって、絵本だ。読み聞かせってったって、文字が読めずとも絵がある。その情景やイラストこそ絵本の真髄で、子どもが楽しむためのものだと思うのに、一冊読み終えるまでずっとその子は目を閉じたままだった。
「…終わった、けど」
「つぎ」
余韻に浸るように絵本を閉じても足をパタつかせたままだった彼女は、それきり自分が持ってきたもう一つを指差して何も言わなかった。音楽に身を委ねるような、四季の移り変わりを耳で感じているような、そんな素振りにも見えた。とても、そんなこと、あるはずがないのに。
そこでふと、この存在の既視感に気がついた。
この子は、俺が初めてミオを見つけたとき、ミオが絵本の読み聞かせをしていた女の子だ。
だとすれば、彼女の情緒はきっとミオが培ったものだ。
あの透明な声には似ても似つかないかもしれない。辿り着けなんかしないかもしれない。記憶になんて到底、残りもしないに違いない。それでも。
それでも、出来うる限りの自分の全部を出し切って、その絵本の内容を伝えることだけに一心になった。
時折少し笑ったり、難しい顔をしてみたり。そんな感情に心揺さぶる彼女を、物語の旅に誘うために。
「…おわり」
あぁ、なんとか噛まずに最期まで読めた。
物語はこころに通じたろうか。少しでも感動してもらえたろうか。喜んでもらえた、ろうか。あんまり必死すぎて自分は物語に入り込む事も出来ずに、額を拭って振り向く。
すると、すでに目を開いていた女の子がひょい、と俺の前に出た。
「ありがとう」
「………ど、どういたしまして」
出会したときからは想像もつかない、無表情だったその子のとびっきりの笑顔に、思わず動揺してしまう。
彼女はそれきり振り返ると、またしても覚束ない足取りで絵本の二冊を本棚に直しに行った。俺のいる場所に一つだけ残された最後の一冊に視線を向けていると、戻ってきた彼女がそれを取り、ぺこりと頭を下げて。
それからたぶん、自分の病室へと戻っていってしまった。
☾
「やきょうしょう…」
思わぬ道草を食ったが、あれはあれで有意義だったから良しとしよう。
自分の病室へ戻る道すがら、耐えきれなくなって道端で本を開いた。壁に半身を預けて医学書のページを捲る。目次から目当ての項目に飛び、指で全く読ませる気のない小さい字を追っていると、次第に目が細くなる。