夜を迎え撃て
夢を見た。
遠い場所で、誰かが一人で泣いている、夢を。
それは鼓膜の中で鳴っているようにも聴こえて、その声にどこか聴き覚えがあるはずなのに思い出すことが出来ない。
視界は真っ暗だった。泣き声を頼りに、手を伸ばして、一歩、一歩と前に出る。
鼻先を、夏草の香りがかすめた。閉ざされた視界の中ではその匂いを頼りに脳が都合のいい妄想を駆り立て、夜、自分より背の高い秋のススキの中を進んでいるような感覚に陥る。
何故か妄想の中で、俺は子どもだった。さく、さく、と歩き進める足は確かに芝生のような、柔らかな大地を踏みしめている感覚がある。
蛍のような夜光虫が暗がりを照らし、閉ざされた視界で、その不鮮明な灯りを頼りに進む。ただ、前へ、前へ、正解だと信じてやまない、この先へ。
「恭平」
夢は本当に都合のいいもので、振り返ると、閉ざしていたはずの視界の正面に父さんがいた。
伸びてきた手に両脇を掴まれ、ぐわ、と一気に世界が高くなる。肩車をされたのだ。
「お父さん、高い!」
「もっとたかーく!」
「わ───!」
笑顔で俺の体をしっかり支えた父親の見た目は若く、近くで俺を見上げていた母のお腹にはまだ、円がいた。だとしたら俺はまだ4歳かそこらで、道理でススキが背丈より高かったことに合点がいく。
──────…そういや大昔、もう記憶にほとんど残ってないけれど、父さんと、母さんと、円がまだ生まれる前、月を観に夜に出掛けたことがあった。
その日の一週間程前から、何十年に一度のスーパームーンが見える、とニュースで報道されていた。スーパームーンと言えば大体年に一度、白昼に出る場合はあってもお目にかかることができる。そのご利益を信じて財布を開き月明かりに照らせば収入が増えるだとか、自分の夢を願ったりだとか。
街中を行き交う人びとにインタビューしているニュースを見た時、子どもながらに不思議に感じた。多分実直にあさましいとか考えたんだろう。
実際、本物を目の当たりにしたとき、ひとはそんな自分の私利私欲に意識を集中させるばかりではないと思う。
「まんまるー」
「まんまるだな。恭平、あの中にはきっとウサギがいるよ」
「え、ウサギ!?」
「あなた、いい加減なこと言わないで。この子変な誤解するわ」