夜を迎え撃て
「寝ても覚めても同じ顔が彷徨いてんじゃ、こっちは頭どうにかなっちまいそーなんだよ」
「はぁい。そういうと思って天才的妹・円の粋な計らいで今日はスペシャルゲストをお招き致しました〜っ、どうぞ、入ってくださーい!」
オーバーな妹の身振り手振りに眉をひそめると、大部屋の入り口に見慣れた二人組が姿を現した。チビで活発・見た目がやかましい赤髪と、相変わらずのクールで色白長駆な黒髪───ヒデと、よっちゃんだ。
「ぉお! お前ら久しぶり」
「ようやく面会の許可が降りたんだ。これ差し入れ。みかんだ食え」
「相変わらずぶっきらぼうだなよっちゃん、そしてみかんどうもありがとう」
「恭〜平〜! あ〜本物だ〜! やべぇオレ感受性豊かだから涙出てきた」
「いや目の前で目薬さすのやめろ」
「っつーかぁ! 聞いたときマジでビビったんだからなまさか歩道橋から落」
スパァン! とよっちゃんの平手がヒデの後頭部を走りヒデがベッドに消沈する。なんだよ漫才か。やっぱよっちゃんの電光石火のツッコミは健在だしピカイチだ。
「事故の衝撃で左足の骨折と内臓に損傷はあったが脳に支障はないらしい。ただしばらくは点滴と病院食が基本だ、体力は落ちると思うが腹減ったからってドカ食いするなよ」
「わーかってるってヒデほどバカじゃないから俺」
「オイ聞こえてんぞ」
「搬送先がうちの病院だったらもう少し待遇してやれたんだが…わざわざ知人って理由だけでこっちに移すのもそれはそれで費用も嵩むからお前が嫌がると思って今回は手を打たなかった。一応ここの病院長とも父さん面識あるから困ったことあったら言ってくれ、面倒な手続き云々も処理する。お前は自分の体を第一に考えろ」
「おーさすが病院長の一人息子…ありがとーマジで助かるー…
さすがにこういう時妹だけじゃ負担になるからさ、面倒かけるけど立て替えてもらった入院代とかもあとでまとめて請求してもらっていい、その間に親父に連絡取っとくから」
「わかった」
「“お前は自分の体を第一に考えろ。”…くぅー! 痺れるー!! オレもそんなこと言いたい! オレも恭平のこと第一に考えてっからな愛は無限大だかr」
「これ以上は体に障るから帰る、またな」
「ア───待ってよっちゃん首根っこ掴まないで! てかオレあれやりに来たのにギブス!! ギブスにコメント書くやつ!! 深田恭子っぽいコメント欲しいよね恭ちゃん!?」
「欲しいです」
「お兄ちゃん!!」
ギャーギャー遠ざかって行く喧騒にいつも通りノリをちゃんと合わせておいて、そのあとはぽすりとベッドの背もたれに倒れる。俺、普通に一ヶ月前まであそこの中で男子高校生やってたんだもんな。なんだかまるで遠い夢物語みたいだ。
「…お父さんには私が連絡するから、お兄ちゃん気にしないでいいよ」
「おう」
「…てか。あんまり大声出したりしないでよ、まだ本調子じゃないんだから。今だって結構しんどいくせに」
「おーさすがは我が妹。兄貴のことよくわかってるね」
「わかるよ」
何年一緒にいると思ってんの、とよっちゃんが持ってきてくれたみかんの紙袋を物色するその手にはりんごが携えられていて。バナナの方が好きなことはろくに覚えやしねーけどなって言ったら“だってバナナなら一人で食べれるじゃん”と言われた。
わかってなかったのは俺の方なんだろうか。
「全部お見通しなんだから」
「まだ言うか」
「だってお兄ちゃん落ち込んでるとき、絶対空見てるもんね」