そのただいまが今日も愛おしい
「…いや、ごめん、本気でごめん。違うんだよ、フェンダーのベースで良いの見つけたんだよ、それで…つい……」
「……ちゃんと来月、絶対払ってよ。」
「もちろん。もちろん払わせていだだきます。」
そう言ってタオルに顔を埋める姿を横目に呆れながら温まったアイロンに癖毛を挟んでストレートにしていく。蒼くんのこういうのはが初めてじゃない、前にベースアンプを買った時も同じ事をした。ちゃんと払ってくれたけど。
元々このアパートは私が大学に通うために一人暮らし用に借りてて、土砂降りの日にずぶ濡れの蒼くんを連れて来てから蒼くんと2人暮らしになった。
蒼くんはうちに来る前は付き合ってない女の人の家で過ごしてたけど、その人の彼氏に見つかって追い出されて殴られたところで私と会った。初めは私も2、3日のつもりで家に入れたけど、家賃を半分と自分の分の生活費を出すからってことで一緒に暮らし始めた。2ヶ月が過たくらいに蒼くんに告白されて、付き合った。だから一緒に暮らしてるのは半年だけど、同棲だと実は約4ヶ月になる。
「いつもストレートアイロンするよね。」
ストレートアイロンを終えてベッドのある方の部屋に戻り着替えていると、2人分のコーンフレークをローテーブルに置いて話しかけてくる。
「くせ毛だからしないとうねっちゃうからね」
「うねるの嫌なの?」
「嫌っていうか、髪下ろしたら広がっちゃうのが嫌なの。」
「ふーん。」
着替え終わって蒼くんの向かいに座れば2つのコーンフレークの片方とスプーンを渡した。
「いただきます。」
「いただきます。」
私が学校帰りに買ってきたドライフルーツがザクザク入ってるコーンフレーク。いつも牛乳を入れていたけどここ最近は飽きないように豆乳に変えている。
蒼くんが居なかったらきっとこんなことしてない。誰かと食事をすることが無かったらこんなことしてない。
実際、蒼くんが家に来るまでお腹に入れば良かったから食パンを1斤買ってきて毎日それを食べてた。食パンだったら木炭デッサンの時にも使えるからコスパが良い。
上京する前も、実家では母が作り置いていったものか冷凍だった。
「ごちそうさまでした。」
「ごちそうさまでした。お皿俺やっとくから。千鶴準備してきていいよ。」
「ほんと?ありがとう。」
蒼くんの言葉に甘えて、お皿を渡して洗面所に戻る。鏡に備え付けてあった棚に入っている化粧下地を塗って、パウダーをする。涙袋を描いて、リップを塗って終わり。しっかりしたメイクがあんまり好きじゃないのと、時間短縮。
足早に玄関に向かって、ショートブーツを履いて、靴箱の横の鞄を手にする。
「いってきます。」
「はい。行ってらっしゃい。」