あの日の空にまた会えるまで。



ーーー「……ありがとう」



あの時、奏先輩はほんの一瞬、優しい笑みを崩して苦しげに顔を歪めたんだ。その手にあった青色のお守りを見つめて、あの時確かに彼は悲しげだった。

その時だけじゃない。あの頃、どうしたんだろうと思う瞬間は確かに何度かあった気がする。突然に顔を歪める瞬間もあれば、物思いに耽る表情を見たこともあった。

「……悲しげな表情は、見たことあるかも」
「不意に出る表情だけは、隠せなかったのかもね。それでも葵ちゃんが奏をただ優しい奴だと思うのならきっとあいつは葵ちゃんには自分ってのを出せたんだよ。あいつは結構冷たい奴だから」

冷たい奴…?そんなこと、あの頃全く思わなかった。そんなのから無縁の優しい人だったから。

優しいからこそ、6年も経った今も私のことを気にかけてるんだ。蓮先輩は違うというけれど、奏先輩にとっての私はただの後輩だった。

優しい奏先輩だからこそ、そんなただの後輩を切り捨てたことに自分を責めてしまうんだろう。

そんなこと、思わなくていいのに。私がどれだけ嫌悪感や喪失感、憎悪を抱こうとも、結局のところ勝手に期待して勝手に傷付いただけなんだ。奏先輩が気に病むことなんて何もない。

本当に優しい人なんだよ、奏先輩は。

「俺は奏の全てを知ってるわけじゃないしあいつも話したがらないから、詳しくは知らない。けど、その絶対的な闇の部分は奏を今も苦しめてる」
「……」
「そんな奏だけどさ、あいつにも救いの手があったんだよ」
「救いの手…?」

蓮先輩がそっと私の頭に手のひらを置いた。

私の頬を流れていた涙はもう止まっている。

「奏にとって葵ちゃんは救いだったんだ」
「……私、ですか?」
「先に言っておくけどこれは憶測じゃない。あいつが言ってたことだ」
「……」

「ーーー俺にとって、あおちゃんは心の支えだった。あおちゃんがいたから俺は笑える。あの1年間の思い出だけが、今までの自分を支えてくれた。そしてこれからもそれはきっも変わらない」

蓮先輩の紡いだ言葉に私は思わず、自分の手を強く握った。

「なんですか、それ…」

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