あの日の空にまた会えるまで。



「ーーーあおちゃん、瑠衣は?」
「……奏先輩」

放課後の集会終わり。突然に扉を開けて入ってきた奏先輩はきょろきょろと辺りを見回して私に尋ねてきた。

「瑠衣先輩なら報告書を先生に渡しに行ってますよ」
「ふーん」

ガタッと椅子を引いて私の前の席に座る。そのまま体を横に向けて私の前にある机に頬杖をつく。きちんと知り合ってから、2人きりという状況になったこともなければ、こんな近い距離で奏先輩を感じたこともなかっただけにドキドキと胸が高鳴ってしまう。

「最近忙しそうだよね、瑠衣」
「3年生はもうすぐ修学旅行がありますから」

何気なくそう言った自分に奏先輩は目をキラキラさせて身を乗り出してきた。その嬉しそうな、子どものような瞳に思わず笑ってしまう。

「修学旅行、沖縄だよ?俺すげぇ楽しみなんだよね」
「す、すごいですよね、沖縄って」

中学生の修学旅行で沖縄なんて、すごい豪華な気がする。

「沖縄の海って想像つかないよね。どんだけ綺麗なんだろ」
「あ、魚が見えるってお母さんから聞いたことがありますよ」
「まじで?うわ、めっちゃ楽しみ」

……私としては、3年生の修学旅行は3泊4日。その間奏先輩たち3年生に会えないというのは少し…否、だいぶ寂しい。

寂しすぎて涙さえ出てきそうなほどに寂しい。それほどにこの数ヶ月、3年生にはすごく優しくしてもらっていて、可愛がってもらっている。もちろん2年生の人たちもすごく優しい人たちばかりなんだけど、2年生の先輩たち以上に、大人に見えて頼り甲斐もあって、そして妹のように接してくれるのは3年生の方だった。

別に2年生がどうのってことはないんだけど。

「あ、瑠衣からだ」

携帯がポケットの中で震えたのか、奏先輩が周りを確認して携帯を開く。携帯は持ってくることすら禁止されているので周りには気を配らなければならない。携帯を見つめてすぐ、奏先輩は自然な動作でこう私に伝えてきた。

「ねぇ、今から映画行かない?」

それはもう本当に自然に。

自然すぎて唖然としたくらいに、それはあまりにも唐突なものだった。

「え…」
「瑠衣がさ、急遽友だちと遊びに行くんだって。今日は映画見に行く約束してたからチケット余ってんの。一緒に行こうよ」
「え、あの…」
「なに?2人じゃ嫌?」
「そ、そんなことは…っ」

必死に否定した。そんなことは断じてないけれど、あまりにも突然すぎて頭がついていかないのだ。奏先輩と2人きりで出掛けるなんてこと、想像もしたことない。

動揺する私にニコリと微笑んで、奏先輩がゆっくりと立ち上がる。両手を上にあげて思いっきり体を伸ばし、勢いよく手を下ろした。

「よし、行こうか」
「ほ、本当に行くんですかっ?」
「うん。ほら、行くよ」

机に置いていた手を掴まれて、そのまま優しく引かれる。それは奏先輩が初めて私に触れた瞬間だった。優しく掴まれた手首が、熱かった。慌てて側にあった鞄を手に取る。


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