擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
しんと静まった部屋の空気の中、亜里沙は冷汗をかきながら胸をドキドキさせていた。
今自分が座っているのは、クッションもふわふわな高級感あふれるソファセット。
他に家具は置かれていないシンプルな中にあっても、磨かれて艶めいている黒い革は、この部屋の重厚さを際立たせるのに十分なアイテムとなっている。
それだけでもなんだか緊張してしまうのに、それよりももっと大きな要因が目の前にある。
亜里沙の向かい側に座っているのは、上品にお茶を飲む見目麗しい男性なのだ。
それがさらに胸の鼓動を早くする。目をこすっても耳を塞いでも、なにをしてもこの状況は変わらない。
「きみもお茶を飲むといいよ。少しは落ち着くから」
「……はい」
勧められて一応湯呑を手にとってみたものの、手が震えてしまってとても口に運ぶ気になれず、早々にテーブルに戻した。
非常に落ち着かない。できれば今すぐにでも逃げ出したい。
──ああ、もう、夢なら早く覚めて。
なにがこんなに亜里沙を動揺させているのか。
今まさに彼が言ったこと──否、正確には彼の取った言動すべてが突拍子もないことであり、猛烈に困惑しているのだった。
──どうしよう、どうしよう。ほんとにどうしよう?
心中には同じ言葉が溢れ出て、半ばパニック状態。こうして座っていられる自分を褒めたいくらいに、吃驚仰天なできごとが起こっている。
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