擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
思わず起き上がりそうになるけれど、彼に押しとどめられてソファに縫い止められた。
「勤務中に清掃をされると気が散るんだ。かといって、俺がいない時間は限られているだろ。社長室の中くらいなら簡単だし、俺自身の気分転換にもなるから、丁度いいんだ」
「そっか。そうなんだ」
亜里沙が掃除をすると言っても、きっと彼は断るに違いない。
触れられたくない書類もあるだろうから、亜里沙は出しゃばらない方がいいのだ。
「もう質問はないね? これからはおしゃべり禁止」
〝声を出すのは許してあげる〟
耳元で甘く囁かれれば、それだけで意識が蕩けそうになる。
首筋に伝う彼の吐息に導かれ、亜里沙は心地よい渦の中に身を投じた。
失敗をするのは、新人の頃以来だった。
「ないんですか? マジで? ちょっとよく探してくださいよ!」
営業のよくとおる声が経理課内に響いた。
「ごめんなさい! 確認なんですけど、その出張旅費精算は、いつ申請されましたか?」
「一週間ほど前ですよ。そろそろ承認が下りる頃だと思ったんですけどねえ」
営業が不機嫌そうに唇を歪めて、チッと舌打ちをする。
亜里沙は冷汗をかきながら該当する申請が処理されているか、経理ソフトを確認する。
「まだ……処理されてないです」
「もしかして失くしたんですか? 今更領収書とか交通費明細とか全部は用意できませんよ?」