擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー

 人事管理システムの中にある経理ソフトは、パスワードさえ分かれば誰でもアクセスできる。極端に言えば、同じソフトを使っている総務部からでも入ることができるのだ。

 なんのためにそんなことをするのか。

 ──ああ、もう分からないよ。

 脳裏に彼の顔が思い浮かんで胸がぎゅっと締め付けられる。

 亜里沙がこんな疑惑を持たれていることを知ったら、彼はどう思うだろう。

 呆れるだろうか、最悪の場合嫌われてしまうかもしれない。

 鼻がくすんと鳴ってじんわりと視界が霞む。

 突然降りかかった疑惑で、亜里沙はかなり動揺していた。こんな状態では仕事が手に着かない。

 デスクの上にある書類を未処理ケースの中に仕舞い、気分転換も兼ねてお手洗いに立った。

 ──一週間後なんて……どうやって調べたらいいの?

 しょんぼり肩を落としてうつむき加減に廊下歩いていると、前方から名を呼ばれた。

「亜里沙?」

 声を聞くだけで分かる。彼だ。

 亜里沙は咄嗟に踵を返して逃げ出した。

 今はきっと酷い顔をしている。彼に見られたくない。

 その一心で駆けだした体は、なんともあっさりと掴まってしまった。

 素早く亜里沙の前に立ちはだかった彼に受け止められ、そのまますっぽりと腕の中に収められたのだった。

「悪いけど。俺はきみより足が速いから、簡単には逃げられないよ。ちなみに武道の心得もあるから、腕を振りほどこうとしても無駄だ」
< 159 / 181 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop