擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
人事管理システムの中にある経理ソフトは、パスワードさえ分かれば誰でもアクセスできる。極端に言えば、同じソフトを使っている総務部からでも入ることができるのだ。
なんのためにそんなことをするのか。
──ああ、もう分からないよ。
脳裏に彼の顔が思い浮かんで胸がぎゅっと締め付けられる。
亜里沙がこんな疑惑を持たれていることを知ったら、彼はどう思うだろう。
呆れるだろうか、最悪の場合嫌われてしまうかもしれない。
鼻がくすんと鳴ってじんわりと視界が霞む。
突然降りかかった疑惑で、亜里沙はかなり動揺していた。こんな状態では仕事が手に着かない。
デスクの上にある書類を未処理ケースの中に仕舞い、気分転換も兼ねてお手洗いに立った。
──一週間後なんて……どうやって調べたらいいの?
しょんぼり肩を落としてうつむき加減に廊下歩いていると、前方から名を呼ばれた。
「亜里沙?」
声を聞くだけで分かる。彼だ。
亜里沙は咄嗟に踵を返して逃げ出した。
今はきっと酷い顔をしている。彼に見られたくない。
その一心で駆けだした体は、なんともあっさりと掴まってしまった。
素早く亜里沙の前に立ちはだかった彼に受け止められ、そのまますっぽりと腕の中に収められたのだった。
「悪いけど。俺はきみより足が速いから、簡単には逃げられないよ。ちなみに武道の心得もあるから、腕を振りほどこうとしても無駄だ」