擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
すべての個体がログアウトしているその中で、唯一深夜時間の……それもごく短時間に入出している個体ナンバーがあった。
「これだな……多分、この時間に経理ソフトにログインして改ざんしてる」
彼の長い指がしなやかにキーボードを叩くと、今度は経理ソフトのデータが表示された。
パソコンの個体ナンバーとソフトへの入出時間が一致している。
「犯人は、こいつだ」
それを見つめる彼の目と口調は、身も凍るように冷たかった。
亜里沙はドキドキしていた。
真っ暗で誰もいない深夜のオフィスは、ホラー映画さながらの不気味さがある。
椅子が突然がたんと揺れたりする監視カメラの動画は、テレビで何度も見て恐怖に震えた。それをどうしても思い出してしまうのだ。
さらに、彼と一緒にデスクの陰に隠れて息をひそめているこの状況は、とても非日常的でわくわく感があるし、手をぎゅっと握られていればドキドキも増すというものだ。
恐怖と期待感と恋心。亜里沙の胸のうちは複雑な感情で波のように揺れていた。
「……今夜、ほんとうに来るのかな」
しんと静まるオフィスの中に響かないよう、最小限の声を出す。
「今夜はITの社員も深夜作業をしてないだろ。誰も見られることがない、絶好の改ざん日和だ。必ずくるよ」