擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー

 空調が切られた冷たいオフィスの床に座っていると、どんどん体が冷えてくる。

 彼に握られた手はとても温かいけれど、これから犯人を捕まえる緊張感もあって、亜里沙はぶるっと体を震わせた。

 スッと動いた彼の腕が亜里沙の体を包み込むようにして、引き寄せられる。彼の体の暖かさで、体に感じる床の冷たさが半減した。

「ありがとう」

「静かに……来たみたいだ」

 彼の言葉通り、廊下の方から物音が聞こえてくる。微かな音を立てて開かれたドアから小さな光が入ってきた。

 暗闇に光る明かりのせいで、それを手にしている人物まではよく見えない。

 その光はゆっくり移動して、経理課のデスクまでやってきた。

 こそこそと聞こえてくる僅かな音で、緊張から手に汗が滲みでる。

 息をする音でも犯人にばれてしまいそうで、亜里沙は微動もできない。

 反対に彼は落ち着いている様子で、出る機会をうかがうように犯人のいるデスクを見据えている。

「まだ気づいてないって、課長の管理はザルか?」

 悪態をつく声は聞き覚えのあるもので、亜里沙はショックを隠し切れない。

 ──どうしてこの人が?

 漏れそうになる声を必死に抑えて隣にいる彼を見つめた。

 パッと急に明るくなったのは、パソコンの電源を入れたからだ。

 そのおかげで彼の横顔がはっきり見て取れる。

 睨むようにしているけれど、どこか悲し気な表情は、亜里沙の胸をさらに締め付けた。
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