擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー

 キーボードを叩く音が聞こえ始めた刹那、彼はスッと立ち上がった。

「そこまでだ。パソコンから離れろ」

 落ち着き払った彼の声で、ビクッと体を揺らした犯人は呆然として彼と亜里沙を見つめた。

 ついで、脱兎のごとく駆けだす。

「待て!」

 素早く反応した彼の運動神経は亜里沙も体感したことで、簡単に犯人の前に躍り出ている。

「退いてください! 痛い目見ますよ!」

 そう叫んで飛びかかって来る犯人に対し、合気道四段の腕前を披露している。

 無駄のない動線で、それはもう鮮やかに舞うように腕が動き、犯人はステンと床に転がされていた。

 組み伏せられた犯人がうめき声を上げている。

 亜里沙はそこに近づいていくと、彼は組み伏せていた犯人の体を起こした。

「高橋さん……どうして、こんなことしたんですか」

 高橋はムスッとした表情でそっぽを向いた。

「あの掃除婦だよ」

「え……? おばちゃんですか?」

「違う。連城さんっていう、元掃除婦に頼まれたんだよ」

「また、連城さんなの」

 まさか、ふたたびその名を耳にするとは思っていなかった。

 彼もそう思ったようで、うんざりとしたため息をついている。

「それで、どうして、そんなことを請け負ったんだ? いい見返りがあるのか」

「見返りなんかなにもない。気の毒になって、協力しただけだから」

 高橋は観念したように息を吐き、彼らしい冷静な口調で語り始めた。
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