擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
「いい旅をしたんですね」
「そうだね、若いからできたんだな。でも今も、それに負けないくらいのいい旅をしてるよ」
「今も……?」
「そう、きみに出会えた」
彼の腕がテーブル越しに伸びてきて、亜里沙の手の甲に手のひらが重ねられた。
熱を帯びた視線が亜里沙の心を縫いとめる。
彼の放つ甘美な気に飲み込まれそうで、逃れたいと思う反面、溺れたいとも願う。
「俺の部屋に来て。もっときみと話をしたい」
程よいアルコールと彼の魅力に酔ってしまったのか。重ねられた手のひらのぬくもりを、このまま逃したくないと思ってしまった。
「私も、もっと、あなたと話をしたい……」
そう答えると彼はふわりと瞳を柔らかくして、すぐに席を立った。
導くように手を取って乗ったエレベーター内で彼は無言だけれど、絡めるようにつながれた指先が亜里沙の指を擽るようにそっと擦った。
体がぞくぞくと震えて、「あ……」と声に出してしまいそうになり、慌てて口をつぐむ。体が熱くなって頬も火照ってくる。
──こんなこと……彼はどんな顔をしているの?
彼を見るとすました顔で前を向いていた。
ほかの人も乗っているのに素知らぬ顔でそんなことをするなんて、意外にイジワルだ。
けれど、亜里沙が本心では嫌がっていないか、こうすることでさりげなく確認しているのかもしれない。
嫌なら、手を振り払うから。