擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
亜里沙はハッとして飛び起き……ようとして、なにかにガシッと捕らわれぬくもりの中に引き戻された。
亜里沙の体は男性的な腕に囲われており、背後から発せられた低い声が鼓膜をくすぐった。
「おはよう、亜里沙」
気だるさを隠さない美声は妙に色っぽく聞こえる。
それだけでもドキドキしてしまうのに、うなじに口づけをされるとそれが倍増した。
胸の下あたりに回された彼の腕に鼓動が伝わりそうで、恥ずかしくなって体をよじってみるけれど、体勢はまったく変わらない。
それどころか、いっそう密着していた。
「おはようございます。あの、すぐに起きて、朝ごはん作りますね」
だから離してほしいとアピールするけれど、彼の腕は緩まらない。
「ん、亜里沙の手料理が食べられるのはうれしいけど、朝ごはんはいいかな。多分食材がない」
「え? なにもないんですか?」
「うん、ないよ」
「ハムとか卵は?」
「どちらも、ない」
「え、それなら、食パンくらいなら?」
「ないな」
「じゃあ牛乳は?」
「それもない」
妻として最初のお仕事だと張り切っていた気持ちががっくりと落ちた。
本当になにもないとは。もしかして冷蔵庫もないの? なんてふと考えるけれど、健康的で文化的な生活を営むはずの立派な社会人が、きわめて一般的な家電を持っていないのはあり得ない。
「じゃあ最後に、これはどうかな。珈琲はある?」