こんなにも愛しているのに〜それから
「深野さんもあのまま、自分たちと一緒に
移籍するとばかり、思っていました。
林田さんもそのつもりじゃなかったんですか。」

「無理でしょ。
あの会社じゃ。
私は経営戦略の役職に就きたかったの。
最終的にはね。
でも
親会社ではよくて課長止まり、
頑張って頑張って部長。
そこまで行くのに何年かかることか。
役職役員なんて、遙か彼方にも見えやしない。
私の処遇なんて、
いくら林田くんのコネがあっても、
大きな会社組織の中では
潰されるのがオチ。」

深野はそういうと
ビールを一口飲んだ。

そうだ
俺もその役員たちの軋轢の中で
仕事をする意義を
見失ってしまっていた。

深野のように
トップを目指しているわけでも
なんでもなかったが。

「私は頂点を目指して、頂点にいたかったの。
思いがけず、旦那の会社で働いて、
小さな会社だけど、
今では、少し夢を叶えているかな。」

俺は
一言も口を挟まなかった。
申し訳ないくらいに、深野の近況にも
深野にも興味はなかった。

何だろう?
深野を見て湧き上がる、
このモヤモヤとした感情は。

懐かしさなんてものは
ひとつもないけど
あの日
2人で飲んだ時の違和感が
甦ってくる。

「そこで、弊社にこれから必要なのは
優秀なブレーンなの。
旧体制を一掃して、
新しいものを作り上げて、
会社を大きくしていきたいの。
そのために私と一緒に働いてくれる
優秀な君たちが欲しい。」

深野の目が鋭く俺たちを見た。
あぁ
よくこういう目をして
一緒に仕事をしていたな。

あの当時は
男も女もなく
本当に馬鹿みたいに働いていた。
深野の鋭い頭脳を
俺たちは全面の信頼を寄せ
頼りにしていた。
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