こんなにも愛しているのに〜それから
深野が芝居がかった様子で
俺たちに手を差し伸ばして来た。

「自分はお断りします。」

三谷がきっぱりと断った。

「どうして?
会社は小さいけど、お給料は能力給上乗せで
悪くはないと思う。
何よりこれから作り上げていくから、
やり甲斐はあると思うのよ。

三谷くんはもう何か次の仕事は
決まったの?」

「実家に帰って、高校の教師になります。」

「田舎へ帰って、高校の先生?
毎日代わり映えがしない日々で?
安月給でしょ。
それよりもうちで、思いっきり仕事を
してみない?
教師なんかより、
よっぽどやり甲斐もあると思うんだけど。」

「深野。」

自分が思ったより低い、
陰鬱な声が出た。
ここにきて
口を開いた俺からの
呼びかけを聞いて、
深野が訝しげに顔を向けた。

「教師なんか、、、
どういう目線でものを言っているんだ。
人を育てるという
大変で大事な仕事だ。
君のところの給料より、悪いかもしれない。
思ったように昇進もないかもしれない。
でも、
三谷がなりたい自分になるために、
夢を持って
故郷に帰って教師になるんだ。
自分の価値観で、人を貶めるな。」

怒りをグッと抑えながら
深野に言った。

「ごめんなさい。
そういうつもりじゃなかったのよ。
三谷くんの働きを知っているから、
この世界で
一緒にトップを目指せると思って、
つい、力が入っちゃったのよ。
ごめんね、三谷くん。」

幾分焦りながら深野が三谷に謝罪した。
当の三谷は
俺の怒りを見て驚いているようだった。

「いえ、
大丈夫です。
何と言われようと
自分がしたいことしか
やって来てないので。
今までの仕事も、やってみたかったことだし
最終的な希望の
教師になるためのいい経験を
させてもらったと、思っています。

室長もありがとうございます。
自分のことを理解してもらえて、うれしいです。
後悔があるとすれば
最後まで室長と一緒にいることを
選ばなかったことかなぁ。」

「だから
うちに二人して来てくれたら夢が叶うのに。」

深野が反省する素振りもなく
諦めずに、誘う。

「俺も断る。」

「西澤くんこそ、次がまだ決まっていなんでしょ。
私は、一緒にあの時のように仕事をしたい。」

深野、
知っているのか。
俺たちは間違いを犯したんだ。
それは
本当に許されないことで、
それでどれだけ
茉里を苦しめて来たことか。
二度と
一緒になど仕事もしたくないし
会いたくもなかった。
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