キミに伝えたい愛がある。
「お帰り、ちゆり」


「ただいま。お母さん今日仕事は?」


「そのことでちょっとお話があってね。ちょっとだけ話聞いてくれる?」


「うん、いいけど」



久しぶりに3人で食卓を囲んだ。


今日の夕飯はご飯、茄子の味噌汁、肉じゃが、小松菜とえのきのお浸し。


普段この時間に食べない母はガツガツと食べ進め、あっという間にぺろりと平らげた。


私はいつも通り良く噛んで、祖母の優しさを料理を通して感じとりながら食べていた。



「ちかは相変わらず早いね。こういう日くらいゆっくり噛んで食べれば良いのに。さてと、茶を淹れるから話の心づもりをしておきなさい」



心づもり?


そんなものが必要なくらい重要な話なの?


私は味噌汁を飲み干し、皆の分の茶碗を洗うと急いで席に着いた。



「じゃあ話してもらおうかね」


「単刀直入に言うと、私、海外に行くことになった」


「えっ...海外?」


「ちゃんと説明しなさい」



お母さんが久しぶりに私の目を見つめる。



「私ね、再婚しようと思う。彼にはちゆりに会ってもらいたいんだけど、今出張でシンガポールに行ってていないの。来週には戻ってくるからその時に4人で食事でもって。お店は彼の友人が経営しているミシュラン1つ星のフレンチ料理店を予約したから楽しみにしててね」



母は何を考えているのだろうか。


急に海外に行くと言い出したかと思えば、再婚、フレンチ?


意味が分からない。



「ちか、それより先にどうしてこうなったのか、これからちゆりをどうするのかきちんと話なさい」



祖母には事前に話して了承済みなのかもしれないけれど、祖母の顔は強ばっており、いつもの穏やかな笑みはなかった。



「ちゆりも知ってたと思うけど、私夜の仕事していたじゃない?


その時にお客様として彼...名前は新堂明彦さんて言うんだけどね、そう、彼がいらして。


ベンチャー起業家で、海外でも色々な事業を企画していて日本にはほとんどいないの。


日本にいる僅かな時間の中で、彼は私を愛してくれた。


ようやく、私の長年の苦労が実ったのよ。嬉しかったわ」


「ちか、あんたの話はいいから、ちゆりに今後のことを話しなさい」



祖母の手は小刻みに震えていた。


祖母はきっと、反対なんだ。


理由は、バカな私にも分かる。


私を誰よりも考えてくれているのは祖母だから。



「ちゆりは進学でも就職でも好きなところに行けば良い。お金は心配しなくていいからね。


あと、苗字も好きな方を使っていいわ。高校を卒業した後で変えてもいいしね。


私達についてきなさいっても言わないから、本当に好きにやってくれて構わない。お母さんが好きにやるから、ちゆりも好きにやってね」


「話は終わりだね。じゃあ、ちかは新堂さんのところに帰りなさい」


「お母さん、私今日は泊まるって...」


「合カギ持っているんだろう?だったら帰れるじゃないか。ご飯はご馳走したし、もうやれることはない。さあ、帰りなさい」


「お母さん...」


「早く出ていきなさい!」



祖母の怒鳴り声を初めて聞いた気がした。


祖母はいつだって私のことを笑顔で見送り、笑顔で迎えてくれる。


でも今日は、


今日は違う。


自分の娘の身勝手な行動に怒り、冷静さを失っている。


手はやはり震えたままで、母に顔を向けない。



「わかった。今日は帰るわ」


< 54 / 168 >

この作品をシェア

pagetop