副社長の歪んだ求愛 〜契約婚約者の役、返上させてください〜

宿泊用の荷物をまとめているうちに、行き先を思いついた。
岐阜の下呂温泉に行きたい。
それに、高山にも。

私の狭い世界だと、静岡と東京しか思い浮かばなかったけど、ふと昔一度だけ、両親と静岡の祖父母の五人で、下呂温泉に旅行に行ったことを思い出した。
何もかも忘れて、温泉にゆっくり浸かるのもいいかもしれない。

そうと決めれば、東京駅に電車で向かいながら、行き方を調べて新幹線の予約をした。
一度名古屋で乗り換えるだけで、下呂に行けてしまうことに驚いた。
そのままの勢いで、よさそうな宿も二泊押さえた。

なんか、ちょっと楽しくなってきた。
こんなふうに、自分で行きたいことや、やりたいことを決めて、自力で実行するなんて、初めてのことかもしれない。

東京駅で、文庫本を二冊購入し、新幹線に乗り込む頃には、妙に高揚してきた。
調べることもすんだし、スマートフォンの電源を落として、誰にも邪魔されない空間に安堵した。