副社長の歪んだ求愛 〜契約婚約者の役、返上させてください〜
「美鈴は覚えていないかもしれないけど……美鈴が初めて発表会に出た年、僕達はほんの一言だけ言葉を交わしたんだ。
美鈴は、僕の演奏を聴いてくれたんだろうね。ロビーで、美鈴のお母さんが知り合いの人と話している間に、舞台袖から引き上げてきた僕の方に、君が駆け寄ってきたんだ。〝お兄ちゃん、すごく上手だったよ。はい、これあげる〟って、キャンディーを一つ手渡してくれた。
それが、心の底から嬉しかった。
それまで、何でもできてあたりまえだと思われていた。裏でどんな努力をしているのか、知りもしないで。いくら何かをやり遂げても、褒められることなんてなかった。自分自身、そういう環境に慣れてしまっていた。
でもあの時、美鈴だけは僕を褒めてくれたんだ。あの一言が、心底嬉しかったんだ」

私、そんなことしたなんて、少しも覚えていなかった。

「それから、一年に一回、君を見かける発表会が楽しみになった。
何年も経って、美鈴に再会した時、あの時の喜びが蘇って、一目で恋に落ちた。
もっと美鈴のことを知りたいと思った。どうにかして近付きたいって思った。
再会した時から、何をしていても頭の中は美鈴でいっぱいで、どうしたら振り向いてもらえるかばかり考えていた。
でも……ストレートに気持ちを伝える勇気が、持てなかったんだ」

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