Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
先に伝えておきたい。私は匠くんを責める気持ちなど毛頭ないのだ。
「ごめん、亜子ちゃん」
それなのに、目の前の子犬が必死に許しを乞うのでおかしくなる。ソファに座った私とその前で匠くんが体育座りで見上げてくる構図は、更におかしな雰囲気に拍車をかけていると思う。
「いや、怒っているわけじゃなくて。ただ、説明というか・・・そう! 自己紹介をして欲しいの。私は匠くんのこと本当に何にも知らないんだって、今日改めて感じることばかりだった。もちろんほとんど初対面みたいなもんだし、それは当然なんだけどさ。私、匠くんが高校生だったらどうしようって、今でも思っているくらいなのよ?」
「こうこうせい?」
「そう。十八歳って絶妙で、高校生なのか大学生なのか社会人なのか、私にとってはすごーく大切なの」
「もし、高校生なら・・・離婚するの?」
物凄く不安な表情で見上げられると、なんと答えたらいいかわからない。それは「高校生です」と言っているようなもので、正直私だってどうしたら良いかなんてわからない。そもそも高校生って親の許可があったとしても結婚が出来るのかどうかも私は知らない。そんな経験をするなんて思っていなかったから。でも、現に婚姻届けが受理されたのだから可能なのだろう。私の貧相な脳みそがプスプスと煙を上げている気がするが、話すべきことを先延ばしにするべきではないだろう。
「そんな顔しないで。試すようなこと言ってごめん。僕は大学生だよ」
口内に溜まっていた唾液をごくりと飲み込む。とりあえず、良かった。年齢差はやばいけれど、まあ、大学生と社会人とのお付き合いなら珍しいものではないはず。
「なんでもちゃんと答えるから、亜子ちゃんの知りたい事・・・は、さっきのことだよね」
「うん。私、匠くんは御曹司で、扶養されてる立場だと思っていたんだけど、それは違うの?」
「家族の恩恵を受けているのは違いないよ。大谷グループは僕のお父さんが会長なんだけれど、実質会社の代表は僕の兄なんだ。僕は三人兄弟の末っ子。長男の貴兄が大谷グループ全体の社長で、次男の司兄が海外での事業を運営している。そして僕が高校卒業を期にホテル事業を任された。大谷グループは僕たち三兄弟で経営している会社だよ」
「・・・」
「僕の兄さんたちは凄いよ。本当に、追いかけても追いかけても全然追いつけなくて。僕は血のお陰で今の立場を貰っただけに過ぎないんだ」
見えていなかった匠くんの背負っているものが、少し、ほんの少しだけ見えた気がした。やけに大人びたところがあるのも、末っ子らしい甘えたな一面も話を聞いたからこそ納得出来る。彼のたった十八年はどんな濃い日々だったのだろうか。
「___逃げたく、なった?」
「え?」
「僕のいる場所は、甘くない。苦しむ兄弟の背中をずっと見て来たからこそ、僕はうまく立ち回らなくてはならない。悪いことだってしなくちゃいけないかもしれない。不安に押しつぶされそうな日だってある。だからこそ、亜子ちゃんに一緒に背負ってくれだなんて言えないけど」
丸い瞳が全てを見透かすように私を見上げた。きっと嘘をついたって、匠くんを騙す事なんて出来ないだろう。
「そうだね」
「・・・」
「正直、私に社長夫人なんて似合わないし、上品さなんてカケラもないもん」
私の言葉を聞けば聞くほど、匠くんの見えない犬耳が怯えるようにしゅんとしていく気がする。
「それでもいい?」
「え?」
「私、真っ白だから。染めてもらえたら、物凄く化けるかもしれなっ、わっ・・・」
言い終わらぬうちに飛びついてきた匠くんに私は敵わない。首に絡みついている腕は少し震えていて、この腕を手放す勇気は私にはなかった。