Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
交通量の多い道路に入ってからは周りが騒がしくなり、ブルルンという牛の鼻息に似た音を立てながら回送バスが隣を通り過ぎて行く。しかしそれは扉一枚外の話で、車内は静まり返っていた。
ちらりと隣を見る。外であんなことをされて怒っていないと言えば嘘になるけれど、開店前で人通りのない駐車場だったから誰にも見られていない・・・はず。あれから私は匠くんを責めてなどいない。それなのにこんなに空気が悪くなってしまっているのは、当の本人が凄く凹んでいるからだ。
「・・・」
ここは年上の私が助け舟を出すべきだろう。そう思ったら、少しの優越感が込み上げた。「んん」と喉の調子を整えてから、匠くんに上半身ごと向き直る。
「匠く「着きました」
匠くんの言葉と同時に助手席の扉が開き、冷たい空気が入ってきた。にゅっと伸びてきた手が私の目の前でピタリと止まる。
「どうぞ」
その声を見上げれば、濃い茶色のスーツに身を包んだ男性が腰を曲げてこちらを見ていた。ジェルワックスで整えられた髪はフランス紳士のようで、控えめに言っても格好良い。匠くんは中性的なイケメンだけれど、この人は男らしく頼りがいもありそうだ。なんてったって、ちゃんと大人だから。もちろん匠くんが劣っているだなんてことはない。
「青木さん。大丈夫です。僕が」
「失礼しました」
青木さんと呼ばれた男性がすっと後ろに下がると、改めて匠くんがこちらに手を伸ばしてきた。ちょっとバツが悪い顔をしながら、でも手からは拒否を許さない意志を感じる。もちろん拒む理由なんてないから、手を伸ばせば嬉しそうに引かれてこちらも嬉しくなる。
「ここは?」
「本社です」
「ホンシャ?」
「ええ。大谷グループの色んな部署が集まったビルと言えばわかりやすいですか?」
「ご丁寧にどうも」
軽口を叩きながらも、何度も受けた匠くんのエスコートをノールックで受け入れながら歩いていた。私と匠くんと、そして新キャラの青木さんは私たちの少し後ろに続いている。エレベーターに乗るまでのたった数十メートルで、どれだけの人に二度見されただろうか。それだけ私の隣を歩く人は注目の的なんだ。それに私は某携帯ショップの制服のまま。お偉いさんの携帯電話の危機に駆けつけたスーパーヒーローだと思った人も多分、いる。
「それで、私は今日からここでコピー係でもするのかな?」
「そんなことさせないよ。亜子ちゃんを貰うって言ったのは、亜子ちゃんの仕事を辞めてもらう口実」
「私をニートにさせたかったのね。二十七歳独身にニートが足されたよ」
「独身はマイナスだね」
隣でカラッと笑った匠くんが少し憎い。可愛い顔して強引なんだから。困った顔したら何もかも許して貰えると思っているんだ。___思惑通りで、悔しい。
ポンとエレベーターが鳴り扉が開く。
「ちょっとお花を摘みに行って参りますわ」
「ふふっ。どうぞ、お姫様。ここを真っ直ぐ行ったところの特B会議室にいるから迷わずに来てね」