Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?



 自宅に着いてから、重たくなる瞼に自分が疲れていたんだと気付いた。

「ごめんね、亜子ちゃん。連れ回しちゃって」

「うんん。全然大丈夫。・・・あふ」

 思わず込み上げたあくびを慌てて手で隠したが、にっと笑った匠くんを欺けるはずもなかった。

「眠たいね」

「うん」

 そう認めてしまえば、殊更襲ってくる眠気に意識が持っていかれそう。もう一歩も動きたくなくて、ソファにそのまま身を任せてしまいたくて堪らない。身体は前後に舟を漕ぎ始めて、いよいよ意識が飛んでしまいそうだった。

「可愛いなあ。・・・さ、行くよ」

 耳元で匠くんの心地よい声を聞き、そこからの記憶はない。


 ___暖かい。
 浮上していく意識に、身体の感覚もゆっくりと戻って来る。重たい瞼を持ち上げれば、すっかり暗くなった室内に覚えのある柑橘系のさわやかな香り。大きな窓にはレースのカーテンが引かれていて、そのすぐ横には丸テーブルと大きめの一人用ソファが置かれている。「ここは主寝室だ」と思った瞬間、ばっと隣を見る。枕だけが鎮座したそこに温もりは無く、広いベッドに私は独り。何を期待したんだろう。漫画の読み過ぎ。わかってはいるけれど、起きたら隣に・・・というお決まり展開を想像してしまったのだ。私たちは夫婦であり、夫婦ではないのに。
 まだ眠い身体を引きずって寝室を出ると、リビングのほうから光が差している。私を寝かしてしまったから、匠くんの寝る場所がなかったのかもしれない。子どもみたいにその場で寝てしまうだなんて、自分への呆れと申し訳なさに目が覚めた。起きたことを伝えるためにリビングへと足を向ける。

「__します。あと、明日視察に行きます。いつも通りスタッフに知らせないようにお願いします。ええ、ええ。それは明日確認してから判断します。ええ。では、よろしくお願いします」

 リビングから聞こえる声は、私の聞きなれたものではなかった。これが匠くんの仕事のときの声。そう思ったとき、胸の高鳴りを感じた。何をドキドキしているんだか。違うんだって、そういう結論になったじゃない。

「亜子ちゃん?」

 急に名前を呼ばれて肩が跳ねた。別に問題ないのに、見つかってしまったと心が焦ってしまう。お陰で先程までの胸の高鳴りはかき消されてしまった。

「はい」

 返事をしながらリビング扉を開ければ、私を見た瞬間嬉しそうに笑う匠くんに母性がざわつく。ああ、そうだ。私は匠くんが可愛くて、可愛くて仕方ないんだ。私の人生捧げてもいいよってくらいに。重た過ぎるから一生言ってやらないけれど。

「おいで」

 両手をこちらに向けて可愛く微笑む匠くんに、これは甘えているのか甘えさせているのかどちらなのかわからなくなる。匠くんが抱き締めたくて言っているなら甘えさせてあげている側で、逆な「遅い」

 考えている間に匠くんとの距離はゼロになっていて、私は温かな胸板にぽすんと額を当てていた。ぎゅーっと強く抱き締められて、背中のあたりがぞわりとする。もちろん嫌でそうなったんじゃなくて、・・・じゃなかったらなんなんだろう。

「亜子ちゃんの匂いだ」

 頬を頭頂部に当てられながら、「私もさっきそれを思っていました」と心の中だけで同意した。


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