Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
ダークブラウンの艶のある革ソファにテーブル、ここは昔ながらの純喫茶という場所だと思う。そして目の前のホットコーヒーに生クリームたっぷりのパンケーキで、私の心は浅はかに浮上していた。
「私初めて食べます! こんな女子的なもの食べる日がくるだなんて」
「そんな美味しそうに食べて貰えたら、俺も一緒にお腹いっぱいになるよ。胸やけするくらいに」
「___それって、褒めてます?」
「さあ」
ここに来るまで、実は少し緊張していた。田村さんとは職場ではよく話していたけれど、プライベートで会うのは初めてだから。いつもよりくだけた話し方にラフな服装で、その緊張はすっかりどこかに飛んで行ってしまったのだけれど。
「で、なんかあったんだろ?」
「・・・」
「白石が悩むって相当のことだろ。大丈夫か?」
「はい。実はかくかくしかじかで」
「・・・」
「なので「いや、漫画じゃあるまいし。かくかくしかじかって言われても、時間は説明会後にワープしないぞ」
呆れた顔でこちらを見た田村さんの顔が、本当に心底呆れている様子で自然と笑いが込み上げてくる。「へへへ」とニヤニヤしたら、田村さんは呆れながらも口角を上げてくれた。二人して笑いながら頬張った苺が美味しくて、世界が変わってしまったように感じていた心が安心した気がする。
「大谷の御曹司のことだろう?」
「あ・・・まあ、そうなんです」
「付き合ってんの?」
「つき・・・んん、まあ、そんな感じです」
「話聞いて欲しいんなら、濁すなよ。ちゃんと答えてあげられなくなるだろ?」
ごもっともで、ごもっともなのは十分承知の上で、「結婚しました」だなんて口が裂けても言えない。
「今は一緒にいるんですけど、それが間違っている気がしてならないんです」
「間違ってる? どうして?」
「彼、若いから好きという感情をはき違えていると思うんです。LIKEなのかLOVEなのかという、アレです」
「___それ、マジで言ってんの?」
「え?」
眼鏡越しに見える田村さんの瞳は、レンズが反射してしまっていてよく見えない。それでも低く静かな声が怒ったように聞こえる。
「元上司をしっかりと牽制するくらいには想われてると思うけど」
「牽制?」
「まあ、ここでどうのこうの言ったって答えは出ないよ。答えは御曹司にしか出せないんだから。そして答えを聞いたときに、白石がどうしたいのかは聞く前に決めておくべきだと思う。一緒に居続けるのか、それとも・・・別れるのか」
「・・・」
「んな顔すんなよ」
頬杖を付いた田村さんは、眉を寄せて困ったように笑った。辞めても尚、気にしてくれる上司に出会えて私は本当に幸せだと思う。
「ありがとうございます」
「・・・」
驚いた表情を見せてから、田村さんは再び困ったようにくしゃりと笑った。なにかぽそりと呟いた気がしたけれど、私の耳にまでは届いてこなかった。