夜空に君という名のスピカを探して。
『楓』


 だけど今度はうしろから、愛しい君の声に呼ばれた。

それにうしろ髪を引かれ、振り返りたいのに振り返ってはいけないと思う。私は旅立たなければいけないのだと、そう思うのだ。

 ──さよなら、またね。

 心の中で、そう声をかける。

これは終わりではなく、始まりだから。

 自分の気持ちをしっかり持ったからなのか、不思議なことに声は聞こえなくなった。

まるで川の流れに身を任せるかのように、私は両親の声を頼りに歩き出す。

やがてトンネルの出口を見つけたときのように、遠くに眩い光の円が見えた。

そこへ向かって走っていくと、私の視界は一気に白に染まったのだった。


「ん……」


 鼻を突くような消毒液の匂いに、耳に届く誰かの嗚咽。

重くて冷たい身体に一気に血が巡り、体温が戻ってくるような感覚があった。

 ピクリと、人差し指が動いた。

全身の感覚が戻ってきたところで、重い瞼を持ち上げてみる。

真っ先に見えたのは白い天井に白い壁、白いシーツ。そして、私の顔をのぞき込む懐かしい面々。

目が合うと、そこにいたふたりは目玉が落っこちそうなほど目を見開いた。


「楓……楓、なの……?」


 泣き腫らした目、ボサボサの髪。

見ない間に、随分老けたように思える。

それだけ心配をかけてしまったんだな、と私は苦笑いを浮かべた。


「ひどい顔、お母さん……」

 長く言葉を発していなかったみたいに、声が擦れた。

「楓、目が覚めたのか! 心配したんだぞ!」

 そして、そんなひどい顔がもうひとつ。

「お父さん……おはよう……」


 お父さんとお母さんが、目に涙をためながら私を抱きしめた。

 あぁ、温かい。
身体があるってやっぱりいいな──って、あれ? 

どうして、そんなことを思うのだろう。

まるで、今まで身体がなかったみたいな感想じゃないか。


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