夜空に君という名のスピカを探して。
七章 再会のエピローグ
 なにか、大切なことを忘れてしまっている気がした。

いつも目が覚めるたびに、なにか足りないような、そんな空虚な感覚が私を襲う。

 ゆっくりと身体を起こすと、低い寝所に違和感を感じた。

十七年間、この布団で寝起きしていたはずなのに、変なの。

私は首を傾げながら立ち上がる。


「うん、低いな」


 立ち上がると、視界が低いなと思った。

私は中学三年生で成長が止まってしまったらしく、それから今に至るまで身長は百五十センチジャストだった。

二年間もこの背丈と付き合っているというのに、いまさら低いと思うなんて変な話だ。

 鏡の前に立って、長い紅茶色の髪を梳く。

でも、脳裏にチラつくのは濡れ羽色の髪。

私が黒髪だったのは中学までなのに、どうして黒髪じゃないとおかしいなんて考えるのだろう。

実はこう思うのは今日が初めてじゃない、最近の私はちょっとおかしいのだ。


「楓、おかわりは?」

「ううん、大丈夫」


 病院で目が覚めてから一週間で、私は退院した。

怪我自体は擦り傷と全身打撲、右足関節のひびくらいで眠っている間にほとんど治っており、意識を取り戻すのを待っている状態だった。

あとは脳への障害が心配されたが、CT検査でも異常はなかったし、私はツイていると思う。


「楓、進路のことなんだが……」


 家族で囲む食卓で、お父さんが静かに口を開く。それに合わせて、お母さんも箸を置いた。

私は目の前に座るふたりにじっと見られて、固唾を飲む。

「お母さんと話して、楓のことをちゃんと応援してやるべきだったって反省したんだ」

「あなたの夢を無理だなんて決めつけたりして、ごめんなさいね」


 申し訳なさそうに頭を下げるお父さんとお母さんに、私はすぐさま首を横に振った。

 だって違う、違うのだ。

私はあのとき、駄々を捏ねる子供みたいに分かってもらえないからって苛立って逃げ出した。

両親にさえ向き合えないのに、夢を追い続けられるわけがない。

きっとそんな覚悟の弱さが、甘えが、私にあったことをお母さんは見透かしていたのだ。

だから、首を縦に振らなかったのだと思う。

でも、今はそれじゃいけないって分かってる。


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