夜空に君という名のスピカを探して。
「これ……」


 本を見つめて思い出の旅に出ていた私の隣から、ふいに声が聞こえた。

目の前に腕が伸びてきて、信じられないことに私の著書を手に取る。

 自分の本に興味を持ってくれたのだろうか。

こそばゆい気持ちになって自分の手の中にある本のあらすじを見ているふりをしながら、神経を隣に張り巡らせる。

どうやら彼は、中身を試し読みしているようだ。

ペラペラとページをめくっている音が聞こえる。

自分の書いた本を読まれるって、裸を見られるより恥ずかしい。


「って、あれ……?」


 こんなふうに、前にも思ったことがあるような気がする。

いつだっただろう、似たような言葉を誰かにかけたような気がする。


「なんて、気のせいか」


 小声で呟いて、苦笑いする。

こういったことが、あの事故から五年たった今も続いていた。

前にも経験したことがあるような、見たことがあるような、デジャヴというやつだ。


「叶えたのか……なんて、まさかな」


 隣の彼が謎の言葉を発したので、私は思わず「え?」と小さく声を上げて振り返る。

その人は紺のタートルネックに、黒のスキニーパンツを履いていた。

でも残念なことに、彼は私の本を手にレジに向かってしまった。

本を買ってくれた彼がどんな人なのか、せめて顔くらいは見てみたかったのだけれど、追いかけるのは怪しいだろう。

私は肩をすくめて本を棚に戻すと、鞄からスマートフォンを取り出して時間を確認した。


「うわ、ギリギリになっちゃった」


 本屋にいると一時間なんて一分みたいなものだ。

時間も忘れてしまうくらい目移りしてしまうから困る。

今回に限っては、自分の本が出版された感動に浸っていたせいなのだけれど。

ともかく、待ち合わせのカフェまでは少し歩くのでもう出なければ。

 なにも買わないのは気が引けたが、私は慌てて踵を返すと駆け足で本屋をあとにした。



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