夜空に君という名のスピカを探して。
『なんという……イケメン』

「頼むから、頭の中で喋るのをやめてくれないか?」


 この口調だけは好きになれないけれど、彼の姿には一瞬目を奪われた。

あとは愛想があれば申し分ないのに、なんて考えていると「宙、起きてるの?」とドア越しに女性の声が聞こえる。


「あぁ、今行くよ母さん」


 声の主はどうやら、加賀見くんのお母さんだったようだ。

返事をした加賀見くんはドアを開けて部屋の外へ出ると、突き当りの階段を降りていく。

一階にやってくると、玄関前の廊下に出た。

掃除が行き届いているからか、埃ひとつなくフローリングが艶めいている。

玄関を背にして歩いていた宙くんは、ふと足を止めて廊下の途中にある小さなドアの取っ手に手をかける。


『ちょっと待って、その部屋は……!』 


 誰の自宅にもあるだろう一際小さな空間のドア、それはあきらかにトイレだ。

まさかとは思うけれど、この感覚も共有なのだろうか。

そうだったとしたら、絶対に阻止しなければと叫ぶ。


『お願いっ、それだけは待って!』

「生理現象なんだぞ、我慢しろっていうのか」

『トイレはダメ! 私、乙女! ストップトイレット!』

「なんで急に片言になるんだよ。あと、英語の使い方おかしいからな」

『そんなことより、トイレは我慢して!』


 真っ青になりながら、私は加賀見くんを必死に引き止める。

男性の排泄動作の流れは、なんとなく想像できる。

見たくないなら、視線を外してもらえばいいという問題ではない。

拭く、ブツをしまうという動作で直接触らなければならないことが大問題なのだ。


< 20 / 141 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop