夜空に君という名のスピカを探して。
「俺の身体なんだぞ、嫌ならさっさと出ていけ」

『それができるなら、とっくにやってるよ!』

 大声で言い合っていると、背後から声をかけられる。

「お前、ひとりでなにを騒いでるんだ。静かにしないか」


 加賀見くんが振り返ると、スーツを着た年配の男性がいた。

加賀見くんにそっくりで整った顔をしているが、ニコリともしないので威圧感が凄まじい。


 ここでもうひとつ、分かったことがある。

男性は加賀見くんがひとりで騒いでいると言っていたので、私の声は聞こえていないらしい。

つまり加賀見くんだけに、私の声が聞こえるということだ。


『誰、この人?』

「父さん……」


 私の問いに答えたというより、お父さんを呼んだのだろう。

そんな加賀見くんの声は、ひどく冷めきっていた。


「社員二千人を抱える加賀見不動産を継ぐ人間が時間にだらしないなど、許されないぞ。くれぐれも遅刻なんてするんじゃない」


 加賀見不動産? 

お父さんの口から語られた会社の名前を私は知っている。

確かあれだ、テレビのCМで見たことがあったんだ。

リーズナブルな家具付き賃貸をやっているとかで、上京してくる大学生にも人気の不動産会社らしい。

 その会社を継ぐということは、加賀見くんは社長息子ということだろうか。

大手会社の社長であろうお父さんの威厳ある眼差しを前に加賀見くんは俯き、床を睨みつけて感情を押し殺したように返事をする。


「……分かってる」

「お前は加賀見の名字を背負っているんだからな、忘れるなよ」

「あぁ、忘れてなんかない」

「俺はもう仕事へ行く。さっさと用意して学校へ行け」


 それだけ言ってお父さんは加賀見くんのすぐ側をすり抜けると、玄関で靴を履き替える。

その間はお父さんも加賀見くんも無言で「行ってきます」も「行ってらっしゃい」もない。

それが当たり前かのように、お父さんはこちらを一度も振り返ることなく家を出ていってしまった。

 唖然としながらお父さんの背中を見送っていると、胸のあたりがチクチクと痛みだす。

これは加賀見くんが感じている痛みだろうか。

どうやら彼の感情も、私に伝わってくるらしい。


< 21 / 141 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop