夜空に君という名のスピカを探して。
『好きならなおさら、教室で食べなよ。話す機会は多い方がいいと思うよ』

「余計なお世話だ」


 力尽きたように項垂れた加賀見くんは、気を取り直すようにペットボトルのお茶をゴクゴクと飲む。

 クラス委員で同じ委員会というだけでは、接点が少なすぎる。

委員会だって、そんなに頻繁に開催されるわけではないのだから。


『もう高校三年生だし、前田さんと一緒にいられるのは一年しかないんだよ?』

「そうは言っても俺が教室で飯を食べてみろ、遠巻きにコソコソ噂話しされてたまったもんじゃない」

『まぁ確かに、居心地はよくないだろうね』


 朝、加賀見くんが教室に入った瞬間に、皆が声を潜めて仲間内で耳打ちするような素振りを見せていた。

決して悪い噂話だけではなかったけれど、彼の不愛想ぶりが祟って笑わないだの、勉強にしか興味ないだの、好き勝手に言われていたのを思い出す。


「朝のは、まだ序の口だ」

 不快極まりないといった顔で、彼は前髪をかき上げる。

『え、あれで?』


 あれで序の口ならば、いつもはどれだけひどいのだろう。

どんな内容にせよ、コソコソと自分のことを言われるのは気分が悪い。

彼が屋上に避難したくなる気持ちも分かる。


「こっちがなにも言わないことをいいことに、あいつらは勝手に僻んでくるからな」


 それっきり口を閉ざした加賀見くんに、私は胸が重くなるのを感じた。

皆に尊敬されるくらい勉強ができて、大手企業を経営している裕福な家に生まれて、委員長という責任ある地位にいる彼は、なにもかもを手にしているはずだった。

なのに、加賀見くんは少しも嬉しそうではない。

 私は黙々とお弁当を食べている彼と、言いようのない切なさを共有していた。



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