夜空に君という名のスピカを探して。
 午後の授業は、古典の授業だった。

「加賀見くん、教科書二十三ページを読んでください」

「はい」

 先生に指名されて席を立つと、加賀見くんは古典の教科書の文を読み始める。

「いまはむかし、たけとりの翁といふものありけり。野山にまじりて竹をとりつつ……」


 あ、竹取物語だ。

加賀見くんって綺麗な声で読むんだな。

 低いけど聞き取りやすくて、なんだか落ちつく声音だ。話しなれない古文でさえ、スラスラと朗読できる彼は、さすがは優等生だ。


「よろづのことにつかひけり。名をば、さぬきのみやつことなむいひける……」

 加賀見くんが教科書を読み上げる中、気になったのは教室がざわついていることだ。

「やっぱり加賀見くんってすごい」

「ただ教科書読んだだけでこれだよ」
「加賀見ってお高くとまってるのが、なんか鼻につくんだよな」

 女子からの称賛とは打って変わって、一部の男子からは悪口もチラホラ聞こえる。

「いつも冷めた顔してさ、まじテンション下がるよな。だからいつもひとりなんだろ」

「大手企業の跡取りらしいし、一般人の俺らとは関わりたくないんだろ」


 私に聞こえているということは、その声は加賀見くんの耳にも届いているはずだった。

なのに好き放題言われても、加賀見くんはなにも言い返さない。


「その竹の中に、もと光る竹なむ、ひとすじありける。あやしがりて……」


 気にした素振りもなく、そのまま読み続ける。

尊敬されても疎まれても、加賀見くんの周りには誰もいない。人が遠かった。

淡々と竹取物語を読み続ける加賀見くんは、孤独の中にいる。

それを知ってしまった私は、胸がチクチク痛んでしょうがなかった。




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