夜空に君という名のスピカを探して。
 放課後、クラスメートと短い別れの挨拶を済ませた加賀見くんはそそくさと教室を出て帰路についた。

午後十六時前だからか、まだ空は青い。

学校前の桜並木の道は花びらが薄く降り積もって、桃色の絨毯が敷かれている。

それだけでも華やかなのだが、この通りは『渋谷駅』に繋がっているため、お洒落なブティックやレストラン、カフェが立ち並んでいて、いかにも東京という感じだった。

 ただ今は、そんなキラキラした景色でさえ心踊らない理由がある。


『ねぇ、加賀見くん』


 ぼんやりとコンクリートを眺めて歩いている彼に、私は声をかける。

話しかけるなって怒られるのを覚悟で加賀見くんの返答を待っていると、予想外なことに「なんだ」と短くはあるが返事をくれた。

 それだけで、なぜだか嬉しくてたまらない。

滅多に懐かない猫がほんの少しだけそばにきてくれたような感動に背中を押されるように、思い切って今日のことを聞いてみることにした。


『どうして、なにも言い返さなかったの?』

「……そのことか、別にどうでもいいからだ」

『どうでもいいって……。私なら、あんなこと言われたら辛いって思うのに』


 本当にどうでもいいって思っているのなら、加賀見くんは私と違って強いんだな。

私はクラスメートに陰口ひとつでも叩かれたら、その日一日ブルーだ。

人目を気にして、家に帰っても悶々と考えていると思う。


「本気でどうでもいいんだ。どうせ、僻むことしか出来ないバカなやつらの戯言だろ」

『そんな……人を蔑んで見てるのは、加賀見くんも同じじゃない』

「群れるしか能がない人間をどう敬えっていうんだ」

『群れてるんじゃなくて、友達なんだよ』

「友達、ね」


 興味なさげに言う宙くんに、私は胸の奥に火が灯るのを感じた。

彼が自分以外の人間と繋がることの意味を、見出せていないことにやきもきする。

宙くんは、気づいていないだけなのだ。

友達や仲間がどれだけ心強いのか、必要な存在なのかを。

私は彩と由美子の姿を頭に思い浮かべながら、彼に言葉を重ねる。


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