夜空に君という名のスピカを探して。
 教室へやってきた加賀見くんは「おはよう」と昨日と変わらず、事務的に挨拶を澄ませて着席する。

「おはよう、加賀見」

「おはよう」


 うしろの席に座る男の子が、少し身を乗り出して挨拶をしてくる。

運動部だろうか、日に焼けた色黒の肌にガッシリとした身体つき。

アッシュブラウンのソフトモヒカンが、とてもよく似合っている生徒だった。

 これは願ってもない最大のチャンスだ。

ぜひとも人生初の友達第一号にと、そんな期待を込めて私は目を血走らせる。

厳密に言うと見るのは加賀見くんなのだが、そういう心持ちでという意味である。


『加賀見くん、加賀見くん』

 さっそく教科書を広げて、予習をはじめようとしている彼の名前を連呼する。

「……っ、うるさい」


 私が声をかけると、小声で文句を言ってくる加賀見くん。

ただ、加賀見くんの席とうしろの席は手を伸ばせば届く距離なわけで……。

案の定、うしろの席の彼に聞こえてしまったらしい。困惑したような顔で、こちらを見ていた


『今のうるさいってやつ、たぶん勘違いされたよ』

「勘違い?」

うしろの席の彼、俺がうるさいってこと? みたいな顔してる』

「…………」

『なにか言ってあげなって、友達百人計画はもう始まってるんだから』

「その計画に乗ったつもりはないが……」


 そこまで言いかけて机に視線を落とし、加賀見くんは考え込む。

そして面倒そうではあったが、意を決したように「風間(かざま)」と名前を呼んだ。


「お、おう……」


 すると風間くんは身構える。

お世辞にも目つきがいいとは言えない加賀見くんとの見つめ合いは、警察の取り調べを見ているような張り詰めた緊張感があった。


「そういう意味じゃない」


 そしてなにを言うかと思えば、主語の抜けた弁解。とてもじゃないが、頭がいい人の発言とは思えない。


「……は?」


 風間くんも目や口をあんぐりと開けて、加賀見くんの顔を凝視している。

一度で理解されなかったことに苛立ったのか、加賀見くんは語気を強める。


「だから、そういう意味じゃないと言っている」

「…………」


 今、チーンという漫画の効果音が鳴りそうなほど、世界が静止している。

風間くんは眉根を寄せて、必死に加賀見くんの言いたいことを考えている様子だった。

 私はすかさず『ヘタか!』と突っ込んだ。

私に身体があったなら、全力で床にすっ転んでいるところだ。本気で。


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