夜空に君という名のスピカを探して。
「ただいまー」

 家へ帰ってくると靴も揃えずに脱ぎ捨てて、廊下を駆け足で進む。

この人生最大の決意を聞いて欲しい一心で、リビングに駆け込んだ。


「お母さん!」

「きゃあっ、びっくりした。もう少し静かに帰ってきなさいよ、もうっ」


 リビングに入ってすぐのところにあるキッチンに立つお母さんは、危うく手に持っていた包丁を落としかけていた。

 お母さんは今年で四十歳になる。

とはいえ看護師として現役で働いているせいか、実年齢よりも五歳ほど若々しく見える。


「ご、ごめん。それより聞いて!」


 申し訳ないとは思ったけれど、はやる気持ちを抑えきれない。

今すぐにでも聞いて肯定して欲しかった私は、スクールバックの中を漁って、クリアファイルの中から例の用紙を取り出した。


「あのね、学校で進路希望調査票が配られたんだけど……」


 お父さんの前科があったとしても、お母さんは私の母親なのだ。

きっと、そこまで言うならって認めてくれるに違いない。

家族に応援してもらえれば、私も諦めずに頑張れる気がする。

だから、背中を押してほしかった。


「あら、もう高校三年生だものね。それで、楓はこれからどうしたいの?」


 お母さんは流し台の下にかけられたタオルで手をふくと、私の前にやってくる。

 いよいよだと、心臓がドキドキと早鐘を打つ。

目の前に立ちはだかるお母さんこそ、最大の試練の壁のように見えた気がした。

 でも、物書きになるならこれからもっとたくさんの試練があるはずだ。

これくらい乗り越えられなくてどうする。

そう自分の心にムチを打ち、お母さんを真っ向から見据えた私は告げる。


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