夜空に君という名のスピカを探して。
「こんな時間まで、なにをしていた」


 リビングに入って早々、厳しい声を浴びせられる。

宙くんがダイニングテーブルに視線を向けると、腕組みをして咎めるようにこちらを見ているお父さんがいた。

 肌にピリピリと感じる威圧感に宙くんの身体が震える。


『頑張って、宙くん』

 励ますように声をかけると、宙くんが一歩前に出る。

「父さん、母さん、話がある」

 宙くんはリビングの入口のあたりで立ち止まり、ふたりの顔をまっすぐに見つめた。


「……話だと?」


 聞き返してくるお父さんの瞳は、どこまでも冷たい。

それに怯んで視線をそらしそうになる宙くんに『ちゃんと伝わるから』と、もう一度声をかけた。

宙くんは何度か頷いて静かに深呼吸をすると、はっきり伝える。


「俺、会社は継がない」


 宣言した彼の声に空気が凍りつく。静まり返るリビングで、それを聞いたお父さんの目と眉が怒りに吊り上がるのが分かった。


「なにを言ってるんだ。お前はこの俺が築いてきたものを潰すつもりか!」

「会社を継いで社長になるよりも、やりたいことがある」

「お前は加賀見不動産の跡取りなんだぞ。そんなの認められるはずがないだろう」

「それでも俺は天文学者になりたい」

「この話は終わりだ。時間が経てば、そのくだらない夢への熱もすぐに冷めるだろう」

 吐き捨てるように言ったお父さんに「くだらないって……」と宙くんは呟く。

怒りを通り越して、心が冷え冷えとするのを感じた。


「俺がバカだった……。分かってもらえないなら、もういい……」


 あの日の私と、今の宙くんの姿が重なる。

一生懸命に向き合おうとしているのに、興味がなさそうに突っ返されたら誰だってやさぐれたくもなる。

でもここで逃げたら、私と同じになってしまうから──。


『宙くん、諦めないで!』


 お父さんを睨みつけていた宙くんが踵を返そうとしたとき、私は必死に叫んだ。

それに彼はピクリと肩を震わせて、足を止めてくれる。


『これから進む宙くんの道は、お父さんに夢を認めてもらうより辛いことが待ってるはずだよ。ねぇ、まだスタートラインにも立ってない!』

「楓……」


 掠れる声で名前を呼んでくる宙くんに、私はハッとした。

あのとき、私にも厳しく諦めるなと叱咤してくれる誰かがいてくれたら。

両親から逃げることなく、あの場に踏み留まれたのではないかと。

 なら私は、あのときの自分がかけてほしかった言葉のすべてを彼のためにぶつけよう。


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