夜空に君という名のスピカを探して。
『ほら、もう一度振り返って。私は宙くんの味方だよ、そばにいるから!』


 私に促されるように、ゆっくり振り返る宙くん。

その視線が再びお父さんに向けられると、会話を見守っていたお母さんが息を呑んだ。


『どんなに傷ついても、夢を手放さないで』

 宙くんは私の言葉に長く息を吐きだして、それから心を決めたのか口を開く。


「……俺は、俺だ。跡取りとかいう以前に、ひとりの人間なんだ!」


 声を荒らげる宙くんに、お父さんは目を剥いた。

彼がこうして感情を露にしたのは、初めてだったのかもしれない。


「今まで父さんの望む人間になろうって、高校も進路も言う通りにしてきた。今まで自分で望んだことなんて、一度もなかったよ」


 だから宙くんは目に見えるもの、聞こえるもの、すべてに無関心だった。

彼にとって重要なのは加賀見不動産の跡を継ぐことだったから、それ以外のものは不必要だったのだ。


「でも、俺はもう決められた未来に自分の身を任せるのはやめにしたい。父さんの敷いたレールの上じゃなくて、自分の足で自分の決めた道を責任もって歩いていきたいんだ」


 ここでお父さんが彼の話から興味を失わなかったのは、逃げなかったからだろう。

その熱量がリビング中を満たしていて、ご両親も宙くんから目がそらせなくなっている。

そんな彼に圧倒されながら、お父さんは口を開く。


「そうは言っても加賀見不動産なら就職先には困らないし、基盤はできているからなんなく経営していける。これが成功者へのいちばんの近道なんだぞ」

「宙……お父さんの言う通り、お父さんの仕事を継げばこの先苦労はしないと思うわ」

 お父さんの傍らに立ってそう言ったお母さんに、宙くんは首を横に振る。


「俺が欲しいのは安定じゃない、自分らしく生きる未来だ」


 迷いのない宙くんの言葉に、その場にいたお父さんとお母さんが息を呑む。

ううん、ふたりだけじゃない。私も彼の強さに胸を打たれていた。

彼の情熱が心に染み渡って血と一緒に全身に流れていくみたいに、私にも燃えるような感情を取り戻してくれる。


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