最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
 
ようやく自分の方を見たイヴァンに、ジーナは上がった口角を扇で隠して目を柔らかに細めてみせた。

「私は両陛下のご多幸とスニーク帝国の繁栄を心より願っております、ただの民草です。両陛下のためでしたら、私は二十五年の人生で培ってきたなにもかもを捧げることも厭わないでしょう」

「宮廷に上がりたいということか?」

「それも身に余る光栄ではございますが――どうぞよくお考えくださいませ。両陛下の幸福のために身を尽くすことを厭わない女がいるのです。恐縮ではございますが、知性も教養も上流階級の女として一流だと自負しております」

窓から差し込む陽光が逆光となって、ジーナのなまめかしい体の線がドレスから透けて見える。己の知性と教養を謳いながら妖艶に微笑む彼女の意図が、イヴァンはだんだんと理解出来てきた。

「『スニーク帝国の君主が涙を見せるときは国が滅ぶときだけ』……そんな言い伝えもございますが、人間にはみな心があります。では、陛下の苦しみはどなたが受けとめればよいのでしょう? ナタリア様に心癒されることはあっても、最愛の女性の前で子供のように泣き、甘えることなど陛下は決してされないはず。人はときに醜く己を曝け出さなくては、心の均衡を保てなくなるというのに」

「――だから、お前に何もかも曝け出して甘えろと?」

イヴァンは片眉を吊り上げ、眼光鋭くジーナを見据えた。

彼の切れ長の瞳に睨めつけられれば将校とて震えあがるというのに、ジーナは恐れるどころかイヴァンに近づき、彼の座っているソファの背凭れに手を掛けた。
 
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