最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
 
「――もういい。離れてくれ、スヴィーニン夫人。お前を抱くつもりはない」

ジーナがキスをしようとしたときだった。イヴァンの唇がキスを受け入れるのではなく、きっぱりと拒絶の言葉を発したのは。

驚いて瞬きを繰り返すジーナの瞳に映ったのは、おかしそうに、けれどどこか悲しそうに笑うイヴァンの顔だった。

「ルカだろう? お前を今日この宴に呼んだのは。それともオルロフか? まあ、どちらでもいい。遠路はるばるご苦労だったな」

そう言ってイヴァンはジーナの体をゆっくり押し退けながら、上体を起こす。そして顔にかかる自分の髪を手で掻きあげながら、困ったように口を噤んでいるジーナを見た。

イヴァンは気づいていた。帝都から遠く離れた国境の戦線に来てほしいと乞われたのも、堅苦しいことを排除した宴を用意したのも、今夜ジーナをここに呼んだのも。全部、側近たちが皇帝である自分を癒す目的で仕組んだものだということに。

「多忙な皇帝を寄ってたかって騙し、こんな最南の地まで連れてきたあげくに女をあてがうとは。どいつもこいつも不敬なやつらよ。帰ったら罰をくださねばな」

口ではそう言うが、その声に怒りの気配はまったく含まれていない。

ジーナはそのことに安堵を覚えながらも、目の前のイヴァンの笑みが苦しそうなことに胸を痛めた。
 
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