最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
「……笑えるな。気丈さを保っていると思っていたのは俺だけだったのだから。オルロフたちの目にはきっと、さぞかし惨めな男に映ってたのだろう」
臣下たちの行いに腹は立たない。けれど、心の限界を見抜かれていた己の情けなさには自嘲の笑みを浮かべるしかなかった。
「陛下……」
項垂れ、前髪をくしゃりと掻きあげて嘆くイヴァンに、ジーナは彼の手を取り両手で握りしめる。
「陛下は惨めなどではございません。この国で誰より勇敢な男性でございます。……けれど、人間は弱いものです。神様がそうお作りになったのだから、弱くて当たり前なのです。ですからどうか、ご自分をこれ以上追い込まないでくださいませ。陛下が安らぎを求めるのは、罪ではございません。この夜は神様が与えてくださった夢幻。何があっても朝になればなかったことになります。どうぞ今宵だけは……お心のままにお過ごしください」
ジーナの手は柔らかく温かかった。緑色の瞳は潤んで煌めいており、濡れた唇は蠱惑そのものだった。
もしこのまま彼女を抱けたのなら、きっと悦楽の夜を迎えられるだろう。心も体も深い温もりに包まれ、恍惚の境地に達するに違いない。
誘惑をかけているというのに、イヴァンの目にはジーナが聖母のように見えた。
この世の苦しみから刹那でも掬い上げて包んでくれる存在に。
――けれど。