最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
「……俺の心を癒せるのは、ナタリアだけだ」
そう言ってイヴァンは握られていた手をそっと引いた。
その顔は切なく苦しそうだったけれど、瞳に偽りの色は一片もなかった。
イヴァンは理解している。例え今夜のことを神が咎めなかったとしても、自分が一生罪に苛むことを。
「俺の心など壊れても構わない。ナタリアがそばにいてくれれば、他に望むことなどない。……出ていってくれ、スヴィーニン夫人。あなたが出来ることはここにはない」
音のない寝室に静かに響いたその声を、ジーナは黙って頷いて受け入れた。
ベッドを降りると彼女は「よい夢が見られることをお祈りしています」と悲しそうに微笑んでから、部屋を出ていく。
静まり返った廊下は暗く、寒い。肩に掛けていたショールをしっかり羽織り直すと、ジーナは少し歩いてから曲がり角で足を止めた。
「……あのお方の心は、誰も救うことなどできません。だって、救われることなど望んでいないのですから」
囁くような声でジーナが言うと、暗闇から深いため息が聞こえた。