最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
「我々が陛下のお心を慮ろうなどと、思い上がりだったのかもしれませんね。陛下は我々が思うよりずっと公正で高潔なお方だ」
廊下の角に立って身を潜めていたのはルカだった。
イヴァンの指摘した通り、この遠征を計画したのはオルロフで、ジーナを呼んだのはルカだ。
ルカは今宵が君主にとって憩いと喜びの夜になることを期待していたが、イヴァンの部屋からジーナが出てくるのを見て、それはあやまちだと悟った。
「さあ、スヴィーニン夫人ももうお休みください。ここは寒い。アルスキー辺境伯が二階に客室を用意してくれています」
ルカはそう言って踵を返し階段に向かおうとしたが、ジーナは足を止めたままそこから動かない。
どうしたのかと思って振り返り戻ろうとすると、暗闇に立っていた彼女がポツリと零した。
「可哀想なお方……。誰より正しくて、愚かで……わたくしが救ってさしあげたかった」
窓から射し込む月明かりに縁どられたジーナの輪郭を、涙が伝っていった。
彼女は泣いた。泣けない愛しい男のために。
あのお方の苦しみが私の涙になって流れますように、と祈りながら。