最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
「俺が……兄上からナタリアを奪ったから……」
口ごもりながら言うと、目の前の青年がゆっくりと振り向いた。
一瞬顔を綻ばせそうになったイヴァンは、その姿を見て「ひっ!」と引きつった声を漏らす。
「なんだ、分かっているのか。悪い子だな、イヴァンは。俺が悲しむと知っていながら帝位を奪いナタリアを娶ったのか」
そう優しく叱責する兄は人の形をしていなかった。血にまみれ肉の塊と化した亡骸が、潤んだ瞳だけをこちらへ向けている。
「ならば俺に返してくれるね、ナタリアを。あの子は俺の妻だ。この花を贈って喜ばせてあげるはずだったんだ」
こちらに差し出された手は肉が削げていて、骨の見える指先で小さな白い花をつまんでいる。
イヴァンはガクガクと震える脚に力を込めて、必死に首を横に振った。
「……駄目だ! ナタリアはもう俺のものだ! 誰にも渡さない!」
そう叫んだとき、身の毛もよだつ唸り声が耳に障った。慌てて周囲を見回すと、数匹の狼がふたりを囲い唸りをあげてこちらを見据えている。