最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
「……花……」
硬直している左手に握られたままの小さな花を見て、イヴァンが呟く。
それは、雪割りの花。
雪を割って一番最初に芽吹く、森に春の訪れを報せる花。
普通は青い花弁をつけるそれは、まるで雪のように白い花弁をつけ、ローベルトの血を赤く鮮やかに纏っていた。
彼が死の間際まで握っていたその花が何を意味するのか。
雪に覆われた大地でたったひとつ花を広げ、彼が自ら森を探し想いを込めて摘み取った、美しい花が――。
――『あとはね、あとは――贈り物が欲しい! 綺麗で、この世にひとつしかなくて、ローベルトの気持ちがうんと籠ってるもの!』
ほんのわがままのつもりだった。彼がそれは無理だと断っても怒るつもりはなかった。
こんな結末になるなんてこれっぽっちも思わなかった。こんな悲劇なんて望んでいなかったのに。
「……ローベルト……」
呟いて、ナタリアは意識を手放した。
それから四年間、言葉を発さなくなる彼女の最後の声だった。
愛する人を失った悲しみが、自分のわがままのせいで彼を残酷な死に追いやった自責の念が、両国の関係に亀裂を入れてしまった王女としての責任が、まだ十一歳になったばかりの少女の心に襲い掛かる。
死よりつらい苦しみを受け入れなくてはならない少女に、神は慈悲をお与えになった。
神はナタリアの記憶を奪い、言葉を奪い、そして、心までも奪われた。