最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
ナタリアはローベルトが亡くなる以前の記憶を失っているが、イヴァンはあえて昔のことを語ろうとはしなかった。
あんなに幸福に満ちていた子供時代だったのに。忌まわしい事故を思い出させたくなくて、幼い思い出ごと封印していた。
そしてきっと――ナタリアもそうなのだろう。
彼女はもっと深い心の奥の奥で、思い出すことを拒んでいる。イヴァン以上の自責の念から逃げ出すために。
けれど抑えつけていた悔悟は発露する。あの奇病は――ナタリアの罪悪感の表れなのだ。
(――帰ったら話をしよう、ナタリア。ローベルトの話、三人で遊んだ話、子供の頃の話。今まで語れなかったぶん、ずっとずっと何時間でも)
サーベルで薙ぎ払った躯のローベルトが消えていく。まるで風に舞う雪霧のように。
「ごめん、兄上。あなたが優しい人だったことを今日まで忘れていて」
今度こそイヴァンは謝罪を紡ぐ。
謝りたかったのはナタリアを娶ったことじゃない。この世でたったひとりの敬愛する兄に、今日まで背を向け続けてきたことだ。