最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
イヴァンの懐に凭れかかったナタリアは自分のお腹を愛おし気に撫で、「イヴァン様」とそっと呼びかける。
「なんだ?」と優しくイヴァンが耳を傾けると、ナタリアは他の者に聞こえない小さな声で告げた。
「イヴァン様が雪割花を取りに行かれている間……私、夢を見たのです。とても温かくて、とても優しくて、とても……とても幸せな夢を」
そう語る彼女の瞳から、ひとすじの雫が零れ落ちる。けれどその顔はとても穏やかで、幸福と感謝に満ちていた。
「夢の中の私はひとりぼっちで、ずっと雪の中をさまよっていました。どこまで行っても果てがなくて、寒くて、苦しくて……。けど、誰かが私の名を呼んで励ましてくれたのです。『ナタリア。顔を上げて、前を向いて歩かなくてはいけないよ』って。心が安らぐような優しい声でした。その声に導かれるようにして顔を上げて歩いていくと、やがて太陽の光が降り注ぎました。そしてその光の中に……イヴァン様がいたんです」
ナタリアの話をイヴァンは目を見開いて聞いていた。まさか……という思いがよぎる。
ナタリアはニコリと目を細めた。その拍子に目に溜まっていた涙が輪郭に沿って綺麗な弧を描き落ちていく。
「私を導いてくださったのはきっと――ローベルト様だと思います」
正常な状態の彼女の口からその名が紡がれたのは、十年前のあの日以来だった。
イヴァンには今、ナタリアを縛りつけていた呪いの鎖が落ちた音が聞こえる。それはもちろんローベルトの呪いなどではなく、ナタリアが自縄自縛していた呪いの鎖だ。